それでも逝きたい者達へ

メンヘラと認めたくない精神障害者のはなし

『メンヘラ』というコンテンツ

 

メンヘラって一言で表せばそれはそれは簡単なもので、考えれば考えるほど分からなくなっていくんですよね。他称メンヘラと呼ばれたくない人間です。

自分の中で 精神障害>メンヘラ とかいうよく分からんマウンティングパレードがいつでもどこでも繰り広げられている。誰がなんと言おうとメンヘラを自称する人間はメンヘラなのだ。それが真理である。だから他人にエセメンヘラと呼ばれようが「私はメンヘラなの!」と声を荒げればそれはメンヘラ出会っていいとは思う。つまりは線引きが難しい存在なのだ。ほら、メンヘラがゲシュタルト崩壊してきた。

 

自称メンヘラはマウンティングがとにかく好きだ。それはもうすぐにマウントを取りたがる。私の方が病んでるのよと周りにアピールをして自己肯定欲を満たしているのである。

基本的にまずはメンクリに通院しているか否かから始まり、次に処方されている薬でマウンティング。

障害者手帳を持ってれば強いし、階級が上であればあるほど誇れるのである。因みにあたしは3級で、先日2年更新を済ませたばかりだ。新米メンヘラ(仮)なのだろうか。

手帳は便利である。1回持てば自分の意思で返還しないかぎり剥奪されることは無い。免許証を持っていない弱者にとっては正義の味方である。今どき身分証明書に健康保険証はあまり効果がないのだ。なんだよ顔写真付きじゃなきゃいけないみたいな風習は。あたしは証明写真がすこぶる苦手だったりする。どう足掻いてもアンパンマンにしかならない。

 

手帳の次は入院、救急搬送、それから閉鎖病棟。この辺りでマウントをとってくる人間は割と厄介なことが多い。

あたしは運良く搬送を逃れてきた身であり、よくある胃洗浄だとか目が覚めたら病院だったとかそういう英雄的な経験はない。

ストロングゼロとブロンを飲み干し眠剤を齧り、タバコを吸いながら剃刀を持参しド深夜の公園で血まみれになりながらゲロを吐き、日が昇る頃にフラフラと帰路に着いたが誰にも気づいてもらえなかった。寧ろ、血まみれのまま帰宅して昼前まで縁側でぶっ倒れてあまり記憶が無いというのに誰にも気を使われなかったという半ば笑い話にすらなってしまった去年の真夏であった。

血塗れのクロックスはこっそり捨てた。赤黒い血がビッシリ張り付いていて固まったそれはペリペリとはがれおちていく。うーん。夏の風物詩かしら。当時のあたしは実家ではなく祖母宅で暮らしていたのでかなり自由にメンヘラ芸を披露していたわけだ。毎日夜中から朝方までストロングゼロのつまみにブロンを齧っていた。

誰にも気付いてもらえない虚しい自傷行為だったというのに、あたしはそれなりに興奮していたのである。

つい最近も(今は実家で)ワインをちゃんぽんしチューハイを飲み干し、ブロンを嗜み血塗れの腕でタバコを吸い優雅な深夜を過ごしていたが、急な吐き気に襲われ、家のフローリングに血痕を残しながら2階から1階のトイレまで這いずっていた。何でだろうか、あの急な吐き気は。さっきまでいい気分でラリってたくせに、裏切りやがってエスエス製薬。という気分である。

まず自室から出るまで数回倒れ込み、部屋を出て階段前の廊下で5分程横になっていた。滑稽である。グラグラする視界で階段を降りまた倒れ、這ってトイレに引きこもり、便器に血を擦り付けながら無心で吐いた。

運悪く月のものも来ていたため腹痛を同時にくらい、上からも下からも出やがる。踏ん張れば上から出そうでクラクラしていた。若干白身を帯びた便である。

理性を取り戻すまで多分30分くらいか、必死で吐き、便座に添えた腕にこびり付いた血を拭いては吐きを繰り返した。もうこれ誰に見つかってもいいからと措置入院を一瞬覚悟したが結局はヘタレである。

事後処理として廊下に撒き散らした血を丁寧に拭い、そっと何事もなかったかのように布団に潜り込んだ。

実に寂しくて哀れでみすぼらしいメンヘラである。あたしのこういった少しだけ度を越した行為は、最終的に自分の承認欲求を満たすためであると考えている。

自称メンヘラも他称メンヘラもちょっと違うんだ!あたしはしがない精神障害者だ!と主張したい割には人に心配されたいのだった。気付かれないんだけどね。

そんな惨事があったとは知らない母親は、翌日包帯が巻かれたあたしの腕を見て、「もう自分をきずつけないでよ……」と悲しい目で問いかけるのだ。ごめんよ、母上。

最早ストロングゼロ+ブロン+タバコ+アムカというのは至高のひと時でしかなく、最近はメンクリ後に夕方から朝までカラオケに引きこもり同様の事をしている始末なのである。

ブロンを買い忘れたってへっちゃらだ。なんせメンクリ帰りだから無敵なのである。抗鬱剤抗不安薬をバリバリ食って定期的に便所へGOだ。どうもお世話になってます。某カラオケ店。WiFiも高速だし住みたいくらいです。

カラオケに参じる前は必ず百均へいきカミソリと包帯をご購入あそばせるため、店員になんて思われてるんだろうな、ふふ。と思いながらレジを出ている。変態じゃないか。

カラオケメンヘラ芸でもまだ他人に迷惑をかけていないので、あたしには孤独死がお似合いなのではないか。と密かに悲しんでいたりする。

 

こういう事ばかりしているくせに、救急搬送にすら縁がないのであたしはマウンティングにはK.O.負けしてしまうのだ。まあ、本気で搬送されたきゃ廊下で寝てりゃいいんだけど。それは何だか美学()に反する気がして実行まで至れない自分はやっぱり構ってちゃんとは相反するんだろうなと思っている。

 

えーと、なんの話しだっけ?メンヘラのマウンティングの話だっけ?なんだかどうでも良くなってきたけど、1回くらい目が覚めたら白い天井と腕に刺さった点滴を経験して写真に収め、SNSに投稿したいという好奇心はあるから厄介だ。

残念ながらODじゃ人は死ねないもんで飛び降りか首吊りかくらいしか簡単な自殺方法なんて思いつかないのだ。

しかし血を見るのも他人の自傷画像を見るのもやめられないので、根底から腐っている。毎日Twitterエゴサをし、こんなパックリ腕切るにはどれくらい力を込めたらいいんだろうかと、多少のケロイドと触ると段になってざらつく腕を見つめる生活。瀉血とかいっときたいよね。そのうち。とか向上心を漲らせるのだ。

あれ?これってメンヘラなんでしょうか。

 

自分の括りをあくまで精神障害者として捉えているあたしは、よくある構ってちゃんメンヘラや、LINE鬼爆メンヘラや些細なことで「○○があった……ヘラる……」と呟く女子高生女子大生に嫌悪感を覚えてしまう。

つまりこの時点でメンヘラマウントを心の中でとっているんだということに気付く瞬間が物凄くダサい。

結局メンヘラを自称するのは他人の自由であるがために、あたしは簡単にメンヘラと名乗る女が苦手なんだろう、その苦手意識からあたしはメンヘラじゃないもん!と思い込みたいんだろう。他社から見たらただのメンヘラじゃんって話。

 

かくいうあたしも女子高生の頃は手首と足首を切りつつ自分はメンヘラだと言い張り、好きな人のことを考え毎晩泣きじゃくっていたものだ。

好きとか寂しいとかそういうメール(まだガラケーの時代である)ばかり送り付けていた。今考えると虫唾が走るほどに気持ちが悪いけれど、今現在そういう境遇の女子高生なんてムスカもゴミのようだと腹を抱えるほど溢れかえっているから世代交代しただけでやっぱりメンヘラは無限に存在するんだと思う。

 

なんの話しをしたかったか忘れたけどとりあえず自分のメンヘラ芸でどれくらいマウンティングが出来るんだろうと思った次第ですね。大したことないじゃん。