それでも逝きたい者達へ

メンヘラと認めたくない精神障害者のはなし

大切なものは失って漸く気付くとか言うけど

 

ラブソングの在り来りな歌詞のようなタイトルである

いつもそばにいたから気が付かなかったけれども、失ってから漸く気付く気持ちというのはやはり隠すことが出来ないものなのだろう

それに気が付いた時、時すでに遅しと分かっていながらも当たり前の幸せを噛み締めて後悔するものである。誰だってそうだ、あたしもその一人だ。

手放して正解なのだろうか、恥をしのんで追い掛けるのが正解なのだろうか。はたまたどちらも不正解なのだろうか。

当たり前に受けていた愛情にまっすぐ向き合わず流れに身を任せていたあたしが全て悪いのである。相手には随分と辛い思いをさせてしまっていた。叶わない恋だと思わせてしまっていた。あたしにその気があれば一緒に歩む未来だって見えたかもしれないと言うのに。愚か、愚かである。

そんな自分を悔いては蟠りを抱えて途方もなく悩むのだ。悩むことになんの意味もないとわかっていても、人は悩むのである。

愛に飢えているつもりはなかった。無条件に与えられる愛に自分が向き合ってやらなかった。その大切さを理解していなかった。大罪だ。あたしは悔いてはいるものの、引き止める権利もないだろうに、ともうこのまま縁を切ってしまおうと思っている。そっちの方が互いに合理的だ。あたしが干渉しない方が苦しまずに済むというのならば、あたしの事はもう忘れてしまえと、そう思うのである。

あたしに髪を伸ばして欲しいと言った。あたしは短い方が好きだったから何も言わなかった。けれど、あたしの気持ちに踏ん切りがつくまで伸ばしてみようと思う。くだらない、願掛けみたいなものだ。

あたしはただ愛されたかっただけなのだろう。愛を与える力がないから自分から人を愛そうだなんて思えなかったのだ。これは言い訳に過ぎないかもしれないけれど、もう少し前を向いてみてもよかったんだろうと毎日後悔している。

 

好きだと、もっと早くに伝えられたらよかったのに。

 

 

 

 

前にも書いたが自傷の数が減った

ODも無理なことはしなくなった

代わりにピアスをあけるようになった

こっちの方が十分に痛みがある

傷口のインパクトには欠けるが、満たされない分だけ穴は増えていくのだろう

誰かあたしを認めて欲しい

承認欲求がボディーブローをかましてくる。

依存心という重荷はとうに捨ててしまった

 

依存心、束縛癖どちらも備わっていない非常にフリーダムなメンヘラです、どうも。

 

これはつまり学生の頃にひどい依存症と束縛癖を出し尽くした結果であり、これは良くないものだと判断した頭が勝手に切り離してしまったものなのだろう。ある時は男に、ある時は仲のいい友人に。兎に角あたしは誰かの1番でありたかった。それだけなのだ。

 

近状としては、あたしを1番にしたかった人が遠くへ行ってしまった。あたしはこういう時にずる賢くも引き止めるのである。ずっと好きだったけど、振り向いて貰えない人生が辛いと言われ、あたしは漸くその想いによって承認欲求が少なからず満たされ、そしてあたしも好きなんだろうということに気が付くのだ。

相手からすれば今更何を言っているんだ、という状況である。当然あたしが悪いのだが、どう足掻いても今回だけは引き止めることが出来ず、長年相手を苦しめてきたことへの謝罪を何度も繰り返した。自覚が泣くとも仕方が無いのである。苦しめてきたことは事実なのだから。

あたしには無意識に人を振り回す癖があるらしい。フラフラとしていて、一喜一憂させてしまう、そんな女。どこの悪役天然タラシかと思えば自分の話なのだから目も当てられない。

いや、そんなこと言われても。これがあたしの精一杯の言い訳である。結果として双方幸せにはなれないのだから、ただの悪循環でしかないのだ。

 

依存心を忘れてきてしまった。依存することに疲れてしまった。故に依存されることも理解ができず、対応もできず、適当な対応しかできないのである。

お前がいないと生きていけない、だなんて嘘だと。そんな出来すぎたラブストーリーなど存在しないと、あたしの本能が勝手に拒否をしている。あたしが居なくたってみんな生きていけるし、なんなら居ない方が幸せだと思うよ、あたしは。

 

依存といえば依存(物に)なのだが、自称の代わりにピアスを空ける癖がついてしまった。元よりピアスは好きなのだが、どう考えても依存と自傷である。ひと月で2桁穴が増えた。

もはやファッションとしては見れない美的感覚の汚さであり、どうにも一般人には理解してはもらえなさそうだ。次はずっと開けたかったトラガスを開ける予定でそのために必要なものが明日頃届くはずだ。楽しみである。

 

舌のピアスにも慣れてきた、と同時に母親にバレてしまった。何やらおこごとを言われたと思えば、中身は金の話である。心配やら体を大事にやらそういった一般的な考えではなく、「もしそんなところに空けて病気とかになったら誰が金を出すのだ」と。あたしは舌を切り落とせばいいんじゃないですかね、と答えてみたものの、そんな危険性なんてほぼ皆無だし自己責任でピアッシングに励んでいるのだから、斜め上の方向から突っ込まないで頂きたい。

耳に計20以上アタが空いている人間に何を言っても無駄である。

 

あとはこれといって特に何も無い。

何も無い毎日を過ごしている。早くこの生活から開放されたいと切に願う。

ソラニン

 

 

「…辞めちゃいなよ。本当に芽衣子がそうしたいなら。…きっとどーにかなるさ。たとえ誰かに馬鹿にされたり、将来が真っ暗で見えなくなったり、行きつく先が世界の果てだったとしても、芽衣子と俺は一緒なんだから。…てゆーか、俺がどーにかする。 」

 

ソラニン/浅野いにお

 

 

多分あたしはこの作品に出会って、この台詞があって、こういう未来もあるんだろうなって期待をしていたのだと思う。辛いことから逃げても、きっと大丈夫だから、どうにかなるから。どうにかしてあげるから。そんな言葉をかけてもらうことを待ち望んでいた。

結果的にソラニンの映画を一緒に見た元彼は同じようなことを言ったけれども、どうにもならなかったしどうにもしてくれなかった。言葉だけ格好をつけてみたかったんだろうな、気に入ってたし。それに少しでも乗っかってしまったあたしは本当に馬鹿だなとソラニン/ASIAN KUNG-FU GENERATIONを聞く度に思うんだ。

 

簡単に映像作品で泣くようになった時期、高校時代の友人がバンドマンが好きで、あたしもロックバンドが好きで。けれども彼女の熱量には勝てなかったし、彼女は今まで出会った女の子の中で2番目に可愛いし、それは関係ないんだけど、あたしもどんどんロックバンドにハマっていった。

彼女は「ソラニン」が好きだった。

あたしはソラニンについて調べてみた。ジャガイモの芽に含まれる毒なんだってさ。ソラニンという作品の中で、ヒロインの彼氏である種田という男が言った。浅野いにお作品の中ではかなりマイルドな話である。

あたしは映画を見た。マイナーな映画である。けれども、あたしは種田が言った情けないセリフの幾つもが悔しいくらい、好きだった。種田が遺したソラニンという曲は、ストーリー中に歌われ、そしてソラニンのストーリーごと表しているように思う。

しかし、歌詞はあまり前向きなものではなく、ヒロインは「これは自分と種田が別れる曲だ」と勘違いしてしまうような歌詞である。

 

それにあたしは魅せられた。どうして、こんな些細な幸せを感じることが出来る作品で、徐々に苦しみもがき、でも最後には前を向いて生きていけるヒロインの強さに、背負った重荷に。

端的に言えば種田はヒロインの芽衣子に向き合うために、バイクで思いを馳せながら、滲む視界の中で交通事故を起こし、死に至る。

どーにかするって、言ったのに。どうにもならなかった。どうすることも出来ない所に行き着いてしまった種田が、最後は何故か幸せに見えたのはどうしてなのだろうか。

 

狭いワンルームで幸せを育むことに憧れた。

生活が苦しくても、隣に誰かがいてくれたら、好きであれたらそれでいいのだと思っていた。

先の見えない暗い未来に、焦りながら自分のペースで生きていける芽衣子が美しかった。

どこにでもありそうな幸せを、あたしも掴んでみたかった。

人生そんなに甘くはないのです。夢を見るのは自由だけれど、そこには限界があって、もう夢を見るには苦しい歳になってきています。いくつになっても夢を見ることはきっといい事だとは思うけれど、突きつけられる痛い現実が夢を見させてはくれないのです。

どーにか生きているので、誰もあたしを責めないで下さい。どーにかなるかは分からないけれど、夢もみられないけれど、どーにか生きるので。どうにもならなかったら、そこまでなので。

 

例えば緩い幸せがだらっと続いたとする

きっと悪い種が芽を出して

もうさよならなんだ

さよならそれもいいさ

どこかで元気でやれよ

さよなら僕もどうにかやるさ

さよなら そうするよ

「生」が惨めで仕方がない

 

自分の人生を例えるならそうだな、惨めだ。

 

みじめ
【惨め】
《ダナ》とてもまともに見られないほど、恵まれない、ひどいさま。なんとも情けないこと。
 「―な姿」

 

 

情けない、それに尽きる。

もう26にもなるのに未だに生にすがり付いてしまっている。生きる理由などないのに、ただ漠然と「死んではいけないのだろうか」と疑問を抱えながら何となく生きている。

自ら命を断つ事が出来ないことを情けなく思うのは、所謂精神疾患者特有の考えなんだろう。故に健常者には到底理解し得ないものである。自分の命なんだから好きに使えばいい。好きに生きればいい。その癖好きに死ぬ事は好意的に受け止めて貰えないのだから、世の中不思議なことだらけである。

あたしは可哀想でありたくはない。可哀想ではないのだ。不幸でもないのだ。何せ生き延びているのだから。紆余曲折、全く認めたくない事も受け入れたくない事も、不信感を抱く事も山ほどあるけれど、それはあたしのワガママでしかないなだと思う。そうして割り切れないからこそ、負の連鎖から逃げられも断ち切れもせず、ずるずると重たいものを背負ったまま、ただただ生かされているのだと思っている。

病院に通うことでさえ、一種の延命処置である。つまり、それは自ら生きることを選んでいるようなものだ。自分は障害者だと見せびらかして甘やかして可哀想ではないのに、人とは違うんだ健常者には理解できない崇高な悩みを抱えていると、そう見せしめたいのだろうか。

あたしはあたしが分からない。なぜか死んではいけないと諭されるから生きているだけである。

しかし、よく考えてみればあたしの生なんて誰もなんとも思っていないのではないか。死んだら死んだで、少し嬉しく思う人間もいるのではないか。そう思うのである。それは仕方の無いことだ。自分で自分を愛せないのだから。

あたしは健常者の気持ちもわからないが、他者である障害者の気持ちもわからない。違う人生を歩んできた他人の痛みがわからない。最近障害者と話す機会が多く、相手は時間をかけて自分の深いところの話をしてくるのだ。あたしは分かったように聞いているが、分からないのだ。だから冗談交じりで障害マウントをとられようとも、相手の方が障害が重くとも、正直興味はなかったりする。ただ同じ「障害者」という枠組みとしてしか見ていない。

そんな人らだってあたしに死んではいけないという。何故か、分からないのだ。所詮はエゴなのか、はたまた違う人間はあたしへ依存心をもっているからなのか。兎に角あたしにその気持ちを押しつけて、生きる理由を押し付けて、自分も苦しむのだけは勘弁して頂きたい。

あたしは他人の生きる理由にはなれないのだ。

貴女が死んだら私が生きる理由がなくなる。そんな綺麗な言い訳、押し付けられているとしか感じられないのだ。嬉しくない、それが本心である。

つい口癖のように友達が欲しいとは言ってしまうが、これは半分本心で半分は嘘である。半ば投げ捨ててしまった青春時代を少しでも取り戻したくて、健常者の真似事のように遊んでみたくて、あたしは友達欲しいと言う。

しかし他人との付き合いは正直酷でしかない。あたしは人間不信ではあるが、話すことは好きだし、元々交流も嫌いではない。けれども最近は、少しでも相手の面倒な部分が見え隠れした瞬間に、ああもういいかな、と思ってしまうのだ。皆悪い人でないことは分かっていて、それぞれ抱える悩みがあることも理解している。だからといって、その悩みをあたしが聞いたところで何になるのだろうか。相手が悩みを打ち明ける相手があたしだとして、気を紛らわせる方法の先にあたしがいるのはおかしいのではないか。

あたしは口が達者であるからつい人を弄りがちであるが、逆はすこぶる苦手なのである。一種のジャイアニズムとでも言えばいいのか。お互い弄りあえるような関係は交友関係としてはとても良好だとは思うのだが、どうしても悪意として取ってしまうのか、ただ単に不快であるのかは分らないが、やはりそれ以上の友人関係を築ける自信がなくなってしまう。嫌に自分勝手な人間である。

そんな自分が惨めで情けがない。心が狭すぎるとでも言えばいいのか。あたしには余裕が無い。何もかも、余裕が無いのだ。無駄に生きる時間と環境があっても、どうしても自由だと思いきれないのは精神疾患のせいであるのか。

惨めで、悔しい、それだけである。

 

 

 

 

 

 

最近障害年金の最後の手続きにいったのだが、書類一枚持参し忘れてやり直しになってしまった。ああ、やっぱり自分の不注意は治らないのだな、と思った。

一週間後にまた遠出して全て終わり、あとは結果を待つだけである。3ヶ月、長い。

もし落ちてしまったらどうやって死のうか、そればかり考えて今を生きている。

言葉

 

 

あたしは言われて傷ついた言葉をいつまでも根に持つタイプである

 

だからメモとして残しておこう

家族が楽しく話しているのを見て気が狂ったあたしが、自室で暴れてからの母親の言葉

「あんた、またおかしくなったの?」

鼻で笑う

心配するでもなくただ馬鹿らしいと言いたげに鼻で笑ってそう言った

 

あたしは大声で非難した

しかしそれでもやりきれなくて首をつった

ドアノブにベルトをかけて、指で頚動脈を圧迫してそのまま体重をかけた

ラクラと意識が遠のいていく

あ、これでいいんだ

そう思ったあたしは1回やめて、母親にLINEをする

「運良く死ねたらさようなら」

既読無視

本当に死んでしまっても3日くらいは気付かれないのではないかと笑ってしまった

 

またベルトを首にかける

あたしはおかしいかもしれないけど、それを他人に言われる義理はないんだ

あたしはおかしい

あんた、またおかしくなったの?

なあ、その言葉が頭から離れずにいるよ

 

 

運良く死ねなかった、惨めである。

恥の多い人生を送っておりまして

 

さて、「恥」とはなんぞやって話なんですが。もう考え始めたらあたし自身が「恥」じゃん。生き恥じゃん。ああ神よ、なぜ私をお見捨てになったのですか。(知らんがな)

 

正月休みの地獄を超えてからも結局変わらずメンタリティはボロくそである。だからといって奇怪な行動にまで移る元気がないのは気候のせいだろうか。ああ全く、暑かったり寒かったり寒暖差がはげしすぎる。これで真夏は毎日死ねるほど暑くてたまらないというのに。

寒暖差や気圧如きに左右されるくそチョロメンタルを何とかしてくれないか、神よ。まあ、あたしは神だとか霊だとか目に見えないものを信じたり信仰したりすることの出来ないお堅い思想の持ち主なのだが。

 

ああ居場所がない居場所がない。真冬に家出して露頭にさまよってから野垂れ死にたい。

まずあたしという存在がいかに「家族」の輪に入れていないかというとこからである。なんなら母以外はあたしをいないものとして見ているし、一緒の空間にいないことが彼らにとって当たり前で、あたしが介入する事で払拭できないような壁や威圧感を感じるのだ。これがあたしの被害妄想である可能性は非常に低く、杞憂でしたあっはっはなどとはとても言えない。だからあたしは家族がきらいなのである。

 

みんなあたしを肯定してくれたらいいのに。別に否定されるようなアクションなんて喫煙くらいしかないんだけどこれだけでも十分すぎるくらい効果がある。

親父はあたしの年齢よりもずっと先までタバコを吸っていた。覚えていないとでも言うのだろうか?

かの昔のあたしは嫌煙家であり、父の煙草の臭いを嫌っていた。成人するまで煙草は1本も吸わなかった。

父が禁煙に成功して10年以上経とうが、父が喫煙者だった事実だけは消えることは無いのだからどうしてそこまで否定するのかきちんと説明して頂きたい。そんな人を責める権利あんの?

娯楽のいい部分を知っているくせに、ダメな部分ばかり指示してくる父が嫌いだ。臭い、ここは「俺の家」だから匂いを撒き散らすなと。いやいや、ことある事に俺の家だからっていうけどさ、結局お前だってこの城を築くにあたって「子供の将来のため」とかいう建前の上で、自尊心を磨いたりプライド守るためにやってんの分かってんだからな。と、いつも思う。いや、臭いのも分かる。迷惑なのもわかる。でもこんな低俗な娯楽にしか興味を持てないんだから少しは分かってくれよ。なあ。

 

なんで煙草の話かって、まあ最近くせえと怒鳴られこれみよがしに2階のあたしの部屋のすぐ近くにある換気扇をつけられてから、びくびくと怯えながら過ごしているのが苦痛で、プルームsを購入したのですよ。

うーん。微妙。微妙すぎる。色々レビュー調べてから購入検討したわけだけど、本当にレビュー通りだった。最初の3吸いまでしか味がしない。残りは水蒸気のようだった。

過去に初期プルームテックを半年くらい、家の外と中で吸い分けて過ごしてたんだけど、sはタバコ感がある分尚更違和感がある。なんだろうこれ。でもパープルのスティックは死ぬほどいい匂いがします。ブルーベリーガム。

いやいやながらも寝タバコはiQOSからプルームsへ。気になる匂いだが、使い始めて数日、未だに苦情なし。なんなら吸殻を蓋のついてない灰皿に捨ててるけどほぼ無臭である。

iQOSデビューしてから数ヶ月でこんなことになるなんて思わなかった。変わらずiQOSも愛用してるけれども。

 

マジでどうでもいい話じゃん。過去一つまらない日記である。

明けましておめでとうなどと言える人間が周りに居ないものでして

 

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こちらは年末に書いた鮮血書道です

特に意味はありません

 

明けましておめでとうございます

とはいえもう「年始」と言うには些か遅すぎる日にちになってきましたが。年始って何時までを指すのだろうか。もうそろそろ1月も中旬になりまして、新年のご挨拶なんていうタイミングでもないだろう。三が日、とか五日までとか、一般的な仕事初めまで、とか。無職には時期も時間も曖昧なものでそういった季節柄の焦りや忙しさも無いものだから、判らないな。相変わらずただ漠然とした生きることへの焦燥感しかないんだろうな。

 

明けましておめでとうと言った人は何人だろうか。多分片手で充分に足りる。

祖父母で2カウント、たまたま先日メンクリに足を運んだからそこでのカウントをいくつとするかによるけれども。(受付に数人人がいる)

恥の多い人生を送ってきました。なんて正にこの事で、家族に一言も告げていないどころか会話すらまともに出来ていない。近状の家族関係は割と最悪である。

 

年末年始。まあ普通に働いているいい大人や学生には休暇という縛りのある休暇があるわけで(無職は無期限休暇なので実質存在しない)、その最悪な環境下で過ごさねばならない。

常に誰かしらが家にいる。たとえ自室に篭っていたとしても、それを一人きりの環境と言うにはあまりにもあたしの被害妄想センサーがビンビンに働くのである。

気配、音、話し声や、何となく年末年始らしい空気が出る家の中、ダラダラと音が漏れ出すテレビの特番。全てが癖になったあたしには敵にしか思えなくて仕方がない。

故に年末休みに入る直前に大量の酒を買い込み、不安を感じないように唯ひたすら独り飲み続けた。大体クリスマス前から先日まで。必要な外出以外は避け、引きこもり、誰となんの会話をすることなく、豪華な食事を食べるでもなく、地獄の約10日感は酒に吞まれて終わった。

ソシャゲではあけおめ!といい回り陽気で元気な振りをして只管にiPhoneだけを見詰めて過ごす年越し。実に詰まらない人生である。友達も当然ながらいないようなものなので、いつの間にか電子化した年賀状という名のあけおめLINEも無いに等しい。ああ惨めだなあ。そう思ってはいたものの、自分から他人に連絡を取るなどはせず、矢張り通知の来ることがないLINEに何となく侘しいと感じた。感じただけでだからといって何かパリピ的なイベントがしたかったわけではないのだが。

 

前年の年始生活も大概苦痛で、当時は元彼の実家に居候していたのだが、まず挨拶から食事まで管理されているような気がして窮屈で仕方がなかった。もう一生おせち料理なんて食べたくないとも思った。

元彼母はもちろんの事、その兄まで泊まり掛けの訪問までしてくれていたわけで、ただただ疎外感しか感じない空間で、視力の悪さで全く見えない正月特番を眺めながら味のしないおせち料理を口に詰め咀嚼だけしていた。お腹いっぱいでも残すにはあまりにも申し訳が立たずに、無理矢理押し込む。そんな生活が何日か続いた。そっちの方が余程、何も無い今より苦痛で堪らなかったとは思う、が。

 

酒を呑み腕を切り、眠につきまた酒を呑み、時折何か口に詰め、食事という食事を捨て、屍の様な生活をした。

調子に乗って年始に書き初めしまーすなんてTwitterでつぶやいていたけれども、滴る血を集める気力もなく、書くことも思い浮かばず、抱負などもなく、面倒になってやらなかった。

12月半ば辺りから風邪的なものを引き、鼻炎が悪化し咳が止まらず、未だに咳は引きずっている。これみよがしにブロンを買った。よく効きます、ありがとう。

メンクリ帰りに買ったんだけど、マスクしてたせいもあり、店員の前で咳き込みをして見せた事もあり、かで「風邪ですか?」的な接客を受け「やべえ。最近コデイン入の薬剤規制激しいし話題にもなったからここでブロンは買いにくいか……」と焦ったものの、今何か飲んでます?の問に対して「あー、普段咳が出る時はコレを……」とブロンを指差すと、ああブロンは効きますからねえ(にっこり)の後にシロップまで勧められたので、「何だこの店員チョロいかよ」と親切心に向けて心の中で毒を吐くのだった。

因みにバスターミナル内の小さめなコンビニ兼医薬品売場みたいな場所で、スペースがないせいかブロンもダミーではなく現品が置いてあるし、購入制限の規制もない。今時どこのドラッグストアでもダミー化や規制の注意書きがされていると言うのに。

と、思いながら不審に思われないよう(今回はOD目的ではないので不振もクソもないが)1瓶84錠と、トローチ的なものをお買い上げした。いかにも病んでそうな感じ醸し出してると思ってたけど杞憂だったかな。さっきも書いたがメンクリ直後である。

未だに咳は良くならない。ただ即効性は評価に値する。ありがとうブロン。

 

今回のメンクリは唯ひたすら「地獄だった」としか言えないような感じで診察を終え、オタク気質のあるカウンセラーとは大体ゲームの話と声優の話をして終わった。平和かよ。

しかし毎度思うけど臨床心理士って大変ですよね。何人もの相手と1時間近く対話をし、かつ否定的な意見は一切出さず、ただただ(本心かは置いておいて)肯定しかしない。共感しかしない。趣味が合わなければ話もより大変なんだろうなと思う。あたしの場合でさえ、こちらが勧めた音楽などに興味を持ちメモをし、次のカウンセリングまでに履修して来てくれるのだ。たった少し、話を合わせるためだけに。神かよ。

 

 

そんな感じで年末年始の地獄を抜け、今は大体一人の時間に戻れて来ている。かなり気が楽である。それでも夜は憂鬱で仕方ないが。

今日は絶対寝言言ってたな、と分かるくらい夢の中で抱腹絶倒していた。何が楽しかったのかもう思い出せないが、あんなに笑っていたのだ。夢の中のあたしが羨ましい限りである。

 

 

 

新年明けましておめでとう御座いました。

今年は死ねますよう。

 

 

 

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P.S 最近自分の手に歳を感じ始めました。自分の身体で1番褒められるのが手だったんだけど限界かもしれない。腕ではなく手、ね。

(先日のツイキャスカラオケより)